「ひきこもりの理解と支援」 というテーマで、広島でご講演頂いたことがある斎藤環先生の最新の著書、『自傷的自 己 愛の精神分析』 を、いま読み終えたところだ。
さすが、ひきこもり研 究の第 一 人 者。ひきこもりの深層心理を、精 神 医 学のみならず社 会 学の面からも追及し、自傷性(自分をディスる)を和らげるための行動指針として示された次の5項目は、
①環境調整、②対人関係、③損得勘定、④好きなことをする、⑤身 体のケア
どれも説得力があり、読み応え十分であった。
この中で私が注目したのは、⑤の身 体のケアのところ。
健康に配慮してセルフケアをすることは、自 己 愛を安定させる近道。
適切なトレーニングは身 体機能を向上させ、この事実が自 己 愛の安定につながる。
と主 張されていた部分。
精 神 科の先 生 方が 「身 体」 に着 目されることが少ない中で、運 動の有 効 性を強調し、
ひきこもり支援のあるべき姿を明示されているのは、さすが斎藤先生。
しかし・・・これで一件落着とならないのが、ひきこもり研 究の難しいところだ。
どういうことかと言うと、ご本 人も指摘されているのだが、
ひきこもりの人たちが運 動を嫌がっている場 合、どうやって運 動させるのか?
もしうまく運 動に取り組んでくれたとして、どうやって習 慣 化するのか?
こういう運 動のモチベーションに焦点を当てた研 究は、ほとんど行われていないのだ。
そんな状況の中では、「こうすれば上 手くいった」、「こうしたら失敗した」 というように、
一 人一 人の 『症例の報告』 を積み重ねていくことが、研 究の第 一 歩になる。
というわけで、今回はひきこもりの子どもさんに実 際にどう対応し、どういう結果になったか・・・私たちが経験した一例を紹介することにしたい。
私が教鞭を取っている安田女子大学では、幼 稚 園 児と小 学 生を対象とした「子どもテニス教室」を、月イチのペースで行っている。といってもテニス教室とは名ばかりで、
バドミントン、サッカー、野球、卓球,バスケ、縄跳、フラフープ、跳び箱・・・・
スポーツの授業で使っている用具は全て自由に使ってよい、というのんびりした教室だ。
この中で大 人 気なのが、トランポリン。
2.5m×3mという大きなもので、子どもなら7~8人が一度に跳んでも大 丈 夫。
最初に跳び方の指導はするが、好きなように跳んでよいことにしているので、
いつも大騒ぎになる。
あるとき、小学2年 生の女の子 (A香さん) がやって来た。
現在不 登 校とのことで、お母さんに無理やり連れてこられた・・・という雰 囲 気があった。
ぱっと顔を見た瞬間、「この子、身 体が固い。表情も固い」 と感じたのを覚えている。
トランポリンを跳んでいると、背 中 側の筋肉もバランスよく使うので、姿勢が良くなる。
その結果ムダな力が抜け気分が爽快になるので、こういう子には大きな効果を発揮する。
私はそう確信しているのだが、その日はあえてA香さんには声を掛けないようにした。
自分から 「乗る」 と言うまで、待つことにしたのだ。
その日、結局は乗ってくれたのだが、その時 間は短く、他の子とはあまり交わらずに終了となった。
1か月後、再びA香さんはやってきた。
「少し表情が柔らかくなったかな・・・」 これがその日の第一印象。
2回 目ということもあり、トランポリンにはかなり長い時 間乗っていた。
私は「お~、うまいなあ!」 と声を掛けた程度で、跳び方のアドバイスは全くしていない。
2か月後、トランポリンは3回目だ。
A香さんの身 体の動きは、1回目と比べるとはるかに柔らかい。
表情の固さも取れ、他の子どもたちとも自分から交わるようになっていた。
こうなるまで2ヶ 月! 50日以上もかかったわけだ。以下、私とお母さんの会話。
母 : A香は学 校に行くようになりました。
私 : 何とかなりましたね~。もう大 丈 夫ですよ。
母 : 先生は何もしてくれんのか・・・と最初思いましたが、待つことも大事なんですね。
私 : 無理やり治そうとすると、たいてい失敗しますからね。
母 : 上から目線ではいけないということが、よく分かりました。
私 : その通りです。A香さん自身が 「今のままではいけない」 とどっかで感じたんでしょうね。だから、上 手く行ったのだと思いますよ。私が治したんじゃありません。
以上、上 手く行った最新のケースを紹介した。
このような、「時 期が来るまで待つ。そして、教え過ぎない」 というやり方で好転したケースは、大 人の場 合でも何例か経験している。
しかし、このやり方にも限界はある。
「待っていても何とかならない」、「埒があかない」・・・という、逆のケースも存在するからだ。
そんなとき、どうするのか?
いくつかのパターンがあることは分かっているので、
基本方針と呼べるものができた時 点で、その答えを提 示することにしたい。
トランポリン休 憩 中の様 子。この人 数が一度に跳び始めると、ぶつかって転ぶ子も出て来る。
最初はびっくりして泣く子もいるが、そのうち転んだ状態で跳び跳ねるのが面白くなる。
仰 向けで飛び跳ねるのは 「胴 上げみたい」 と大 人にも好評だ。