コラム第（だい）32回（かい） 「引退試合（しあい）」

プロ野球（やきゅう）で行（おこな）われる引退試合（しあい）。
打者ならば1打席だけ立（た）ち、投手（とうしゅ）なら打者1 人（ひとり）に対（たい）してだけ投げ、
最後（さいご）の声 援（せいえん）を受（う）けて引退する、というセレモニーです

 

普通は、チームの順位に関係（かんけい）ない消化試合（しあい）や、点差が開いたときに行（おこな）われ、
相手（あいて）チームも引退する選手（せんしゅ）に花（はな）を持（も）たせます。
しかし、引退試合（しあい）とは言（い）え公式（こうしき）戦ですから、そうでない場 合（ばあい）もあるから面白（おもしろ）い。
私（わたし）が印象（いんしょう）に残（のこ）っているのは、次（つぎ）の3人（にん）のケースです。

 

1 人（ひとり）目は、前（まえ）広島（ひろしま）監督（かんとく）の佐々岡真司氏。2007年（ねん）、相手（あいて）は横浜、打者は村田修一。
広島（ひろしま）が大量（たいりょう）リードの場（ば）面（めん）でしたが、村田にホームラン王のタイトルがかかっていたため真 剣（しんけん）勝負。結果（けっか）、ホームランを打（う）たれたのですが、これはこれで良（よ）い引退試合（しあい）だったと思（おも）います。

 

2 人（ふたり）目は、現在（げんざい）のカープのコーチ、高橋建氏。2010年（ねん）、相手（あいて）は横浜、打者はカスティーヨ。
この試合（しあい）は、TVで見（み）ていたのですが、TVの音声（おんせい）を消し、ラジオの音声（おんせい）で聞（き）いていました。
ラジオの安仁屋さんの解説（かいせつ）を、思（おも）い出（だ）しながら再現してみます。

 

「えっ? 外人か～? こりゃ～注意（ちゅうい）せんと。打（う）って来（く）るかも知（し）れませんよ。大リーグには引退試合（しあい）というセレモニーはありませんからね」
いやホント、大 丈 夫（だいじょうぶ）かな? と私（わたし）も心配（しんぱい）して見（み）ていましたが・・・

 

1球目。外角にストレート。ちょっと外（はず）れたかなと思（おも）ったら、審判（しんぱん）は「ストライク!」。
2球目。投げた直後に「やばっ!」と思（おも）うような、ど真（ま）ん中（なか）のストレート。
しかし、カスティーヨは微動だにせず、ノーボール・2ストライク。
そして3球目。またど真（ま）ん中（なか）だが、カスティーヨはボール3～4個分上を大空振り。

 

その瞬間、アナウンサーが叫びました。「高橋建! 引退登板を3球3振! 立派（りっぱ）です!」
安仁屋さんはというと「ふふん」と笑い、「カスティーヨは分（わ）かってましたね。彼も立派（りっぱ）ですよ」と一言。こんな楽（たの）しいやり取（と）りが聞（き）けるのも、引退試合（しあい）の醍醐味です。

 

3人（にん）目は、これも現コーチの永川勝浩氏。2019年（ねん）、相手（あいて）は中日、打者は大島洋平。
永川選手（せんしゅ）の娘さんをよく知（し）っていたので、バックネット裏の席を確保（かくほ）しました。
先発で1 人（ひとり）だけ投げるということで、ガチガチの真 剣（しんけん）勝負。
すべて直球で一塁ゴロに打（う）ち取ったのですが、その危なかったこと!

 

守備がそんなに上手いわけではない一塁の松山（まつやま）が、転げそうになりながらもショートバウンドで良（よ）く取（と）り、一塁に駆け込（こ）んだ永川にトスしてギリギリアウト。
「永川さん、最後（さいご）に仕事（しごと）した～!」って感（かん）じでした。
大歓声に包まれ、べンチに戻ろうとしていたとき、中日の選手（せんしゅ）が出（で）て来（き）て花（はな）束を渡したシーンは、瞼に焼（や）き付いています。

 

実（じつ）はこの日、もっと印象（いんしょう）に残ったことがあります。それは、娘のゆなさんの始球式。
背が高（たか）いしバレーの選手（せんしゅ）なので腕が大（おお）きく回（まわ）り、糸を引くような速い球が行（い）ったのです。
その瞬間「オーーーッ!」とどよめきが上がり、球場全 体（ぜんたい）が震えました。

 

永川選手（せんしゅ）は直後に娘からボールを手渡されたとき、「泣きそうになった」とのことですが、そこはプロ。
気 持（きも）ちもすぐに切（き）り替（か）え、打（う）ち取（と）るんだという、いつものオーラを発していました。
この試合（しあい）に限らず、引退試合（しあい）はいつ見（み）ても感 動（かんどう）ものだと思（おも）います。

 

さて、ひきこもり支援（しえん）に観 戦（かんせん）体験（たいけん）というのがあるのをご存 知（ぞんじ）でしょうか?
スポーツを観 戦（かんせん）してもらうことをきっかけに、自分（じぶん）の世界（せかい）を広（ひろ）げてもらうことができたら、という考（かんが）えのもと、サッカー(J（ジェイ）リーグ)ではすでに行（おこな）っているクラブも有（あ）ります。
ただ観 戦（かんせん）をするだけでなく、選手（せんしゅ）が使（つか）うロッカールームや普段（ふだん）入（はい）ることができない施設（しせつ）も見学（けんがく）できたり、たいへん好評（こうひょう）のようです。

 

これを、プロ野球（やきゅう）やプロバスケットなど、他（ほか）の競技（きょうぎ）でも始（はじ）めることはできませんかね?
ひきこもりの人（ひと）がこうしたイベントに参加（さんか）するのは難（むずか）しい面があることはよく分（わ）かっていますが、プロ野球（やきゅう）だったら引退試合（しあい）がお勧（すす）めです。
感 動（かんどう）的だし、試合（しあい）後（しあいご）には楽（たの）しいセレモニーもあるので、これに引（ひ）っ張（ぱ）り出（だ）すことができれば、心（こころ）を開（ひら）く大（おお）きなきっかけが得られるかも知（し）れません。

昨年（さくねん）は、一岡投手（とうしゅ）の引退試合（しあい）もありました。始球式での息子さんの投球には、ファンはもちろん、両軍ベンチからも大拍手!
デイリースポーツ online (2023.10.01)より
https://www.daily.co.jp/baseball/carp/2023/10/01/0016871251.shtml?ph=1