「PKは運か?」

もう、30年（ねん）以上（いじょう）前のことになりますが・・・

サッカーのクラブ世界（せかい）一を決（き）めるトヨタカップが日本（にほん）で開催（かいさい）されていた頃（ころ）、

東京（とうきょう）に住んでいたので見に行（い）ったことがありました。

1989年（ねん）12月（がつ）。千駄ヶ谷の国立競技（きょうぎ）場。寒（さむ）い日だったのを覚（おぼ）えています。

 

ヨーロッパ代表（だいひょう）はACミラン(イタリア)。南米代表（だいひょう）はナシオナル・メデジン(コロンビア)。

ACミランはオランダの代表（だいひょう）選手（せんしゅ）が主力（ちから）で、攻めて良し・守（まも）って良しの「世界（せかい）最強」と言（い）われたチーム。ヨーロッパではほぼ負けなし。

 

一方（いっぽう）のナシオナル・メデジン。

引（ひ）き分（わ）けの多（おお）いチームで、PK戦で勝ち上（あ）がってきたという異色のチーム。

当時（とうじ）のメデジン市は、麻薬密売グループが爆弾抗争を繰（く）り広（ひろ）げ、印象（いんしょう）の悪（わる）い地域（ちいき）ということもあり、「ACミランが圧勝するだろう」と、どの新聞も予想しました。

 

ところが・・・メデジンは、我々（われわれ）の常識を覆すような不気味（ぶきみ）なチームだったのです。

戦（たたか）いもほぼ互角で、延長でミランが1-0でやっと勝ったという感（かん）じでした。

 

驚（おどろ）きの1。まず、ウォーミングアップに出（で）て来ない。

「寒（さむ）い!」といって、ストーブを取（と）り囲んでいたのだそうです。

 

驚（おどろ）きの2は、先発メンバー。なんと、エースのウスリギアがベンチスタート。

メデジンの監督（かんとく）は「ここぞ!という時（とき）に投入する」と話（はな）していたそうですが、

実際（さい）はウスリギアが「こんな寒（さむ）いところでやりたくない」と出（で）るのを渋ったとのこと。

日本（にほん）代表（だいひょう）ではあり得ない話ですね。

 

驚（おどろ）きの3は、メデジンの戦術。

攻めるときも守（まも）るときも味方同士（どうし）がボールの周辺（しゅうへん）に群がり、細かいパスをつなぐだけ。

相手（あいて）のペナルティエリアに近（ちか）づいても、シュートを打たない。クロスのパスは少（すく）なく、

中央（ちゅうおう）からのスルーパスや壁パスで、じわじわとゴールに迫っていくのです。

 

ミランの監督（かんとく）は、その戦術の特異さにすぐ気づきました。

「このまま我々（われわれ）の力が出（だ）せないで終（お）わってしまうかも知（し）れない」

開始（かいし）後10分（ぷん）の時（とき）点でのコメントです。

 

驚（おどろ）きの4。メデジンのキーパーは攻撃にも参加（さんか）する。

狭い範囲（はんい）に味方（ほう）が密集すると、ディフェンスの後（ご）ろ、つまり、メデジンのゴール側に蹴りこまれたボールは誰が対処（たいしょ）するの? と見（み）ていたら、

 

多（おお）くの場（ば）合はオフサイドになってしまうのですが、もしオフサイドにならず、相手（あいて）フォワードに持（も）って行（い）かれたらどうする? と思（おも）って見（み）ていたら、なんとキーパーのイギータが飛び出（だ）してクリアし、攻撃にも加わっていくのです。

 

驚（おどろ）きの5。身長170cmちょっとのイギータがPK戦を得意（とくい）としている。

「PK戦は運」と今回（こんかい）のワールドカップでもしばしば言（い）われましたが、的を射ていると私（わたし）も思（おも）います。しかし、身長170cm台でPK戦を得意（とくい）とし、南米選手（せんしゅ）権決勝では4本もPKを止めているのは、ちょっと信（しん）じられません。

また、メデジンの選手（せんしゅ）はPKをあまりミスらない。これはどう説明（せつめい）すればよいのか?

 

1つには、メデジン市が生（い）きるのに大変（たいへん）な場所（ばしょ）だったことが、関係（かんけい）しているような気（き）がします。つまり、毎日（まいにち）身近（みぢか）で殺人が起きるというような治安の悪（わる）い場所（ばしょ）だと(メデジン市ではサッカーの代表（だいひょう）選手（せんしゅ）も凶弾に倒れています)、メンタルが極限（きょくげん）まで鍛（きた）えられるのかも知（し）れません。

 

死線をさまようようなところで鍛（きた）えられたメンタルがあれば、

スポーツの場（ば）面の緊張なんて簡単（かんたん）に乗（の）り越（こ）えられる。そういうこともあり得ると思（おも）います。

 

実際（じっさい）、治安が悪（わる）く生（い）きるのに必死な地域（ちいき）では自殺（じさつ）が少（すく）ないのです(そのデータを私（わたし）は持（も）っています)。おそらく、治安の悪（わる）い所ではひきこもりも少（すく）ないはずです。

ひきこもっていたら、食（た）べて行（い）けないわけですから。

 

でも、治安の良（よ）い日本（にほん）にこの論理を持（も）ち込むことはできませんよね。

ひきこもり防止（ぼうし）のために、甘えちゃいけない、メンタルを鍛（きた）えよ・・・というのは分るとしても、それを治安の悪さで達成（たっせい）しようという考（かんが）え方（かた）は、日本（にほん）人（ひと）には向（む）きません。

 

サッカー競技（きょうぎ）場で暴動が起きるような雰囲気（ふんいき）（ふんいき）の方（ほう）が選手（せんしゅ）はPKを外さなくなる、と言（い）われることもありますけど、そんなことまでしてPK戦勝つ必要（ひつよう）ある?

コロンビア第（だい）2の都市メデジン。世界（せかい）有数の犯罪都市というのは過去（かこ）の話。