教育経 済 学 者、中室牧子さんの 『学力の経 済 学 (2015年)』 は、日 本の教 育 界に衝撃を与えた。
これまで、経 験 論でしか語られてこなかった教育理論に科学を導 入し、
教育のあるべき姿に迫ろうとしたからだ。
昨年はこの続編として、 『科 学 的根拠で子 育て(2024年)』 が発刊された。
近々中室さんの講 演 会に参加するということもあり、読んで考えたことをまとめてみた。
まず、幼児教育の大切さ、非 認 知 能 力 養 成の重 要 性を、エビデンスに基づいて述べていた部分。
説得力があったし、私 自 身が女 子 大に長く勤めている関 係 上、
教育効果の男 女 差について触れてあったところは、大いに参 考になった。
(*非 認 知 能 力…学 力では測ることのできない社 会 性・責 任感・リーダーシップ )
そして・・・
① PCは習 熟 度 別の指導をするという観 点で用いれば効果がある
(そうでないと学 力を低下させる場 合もある)
② スポーツやリーダーの経験が学力や非 認 知 能 力を向 上させる
という部分。教員や親御さんだけでなく、小 中 高、そして大 学 生にも役 立つ情報が満載だ。
さすが経 済 学 者。これは教 育 学 者にはとても書けない。
ただ、科学と教育の融合というこれまで誰も目を向けなかった取り組み。
2冊目となると、若 干インパクトが弱まってきたような感じがした。
ご本 人も 「科学は決 定 版ではなく補 助 線」 と述べておられるし、
「結局は人が人を教育する」 という一昔前の主 張に戻ってしまったのでは、
この先どういうエビデンスを積み重ねて行けば良いのかが、見えてこない。
そういう意味では、2冊目の 『科 学 的根拠で・・・』 は、ちょっと意 地 悪な言い方になるが、
本書の主 張と逆のことをタイトルにしている、という見方もできる。
批判をしているのではない。逆だ。
これから教 育 界はどういう研 究に取り組み、政府はどういう政策を取り入れて行けば良いのか・・・その出発点の部分が明 確になったと、と捉えるべきだろう。
では、具 体 的に何から始めて行けば良いのか?
実は、良い例がある。それは・・・スポーツの世界だ。
いまから半世紀前、経験とカンの世界だったスポーツに科学を導 入しようという機運が芽 生えた。
教育に科学を導 入したのが10年 前の中室さんが初めてとすると、
それより40年 前に、スポーツ界で同じようなことが起こっていたのだ。
Bridge the Gap! (研 究 室と現場のGapを埋める) という標語が流行し、
競 技 力 向 上に直接役 立つ研 究をすることを最優先事項とする学会も設立された。
その結果、経験に基づく指導方 法の中にある誤りが正され、
より効率の良い指導方 法が提 示されるようになり、
今や科学を利用せずして世界でトップ選手になることは不 可 能・・・と言われる時 代になった。
しかし、ここで押さえておかなくてはならないことがある。
それは、優れた指 導 者は科学を重宝し、勉強もよくするが、科学を全面的に信頼しているわけではない、という点だ。科 学 的データはあくまで参 考資料なのだ。
なぜか? その最も大きな理由は、人間の 『心 身 相 関』 という複雑な性質が大きく関わって来る。
スポーツ選手を指導する際には、「心」 「技」 「体」 全般に働きかけが行われるが、
この3要素すべてに科 学 的データが揃っていたとしても、
どこに重きを置き、どういう順で、そしてどのくらいの期間指導するのが良いのか?
こういう問題になると、指 導 者の経験とカンが物を言う世界になる。AIではできない。
もし今ここに、大事な場 面で緊張し、日 頃の力が発揮できない選手がいたとしよう。
「心」 のトレーニングをさせようと思うかもしれないが、なかなか効果が上がるものではない。
そんなときは 「体」 を柔らかくする方 法を先に覚えさせるのだが、
それをいつ行うかは、選手に受け入れる素地があるかどうかを、見 極めながら決めていく。
「身 体」 が柔らかくなれば 「精神」 も柔らかくなる。
そして、心 身共に余裕が生じ、自 然な状態でプレーができるようなる。
この 『心 身 相 関』 という原則は、スポーツに限ることではない。
不 登 校やひきこもりの指導、そして日常生活のすべての場 面で、忘れてはならないことだ。
となると、学力や非 認 知 能 力を向 上させようというとき、
「心」 だけでなく、「身」 に対する働きかけも同 時に行うべき・・・ということにならないか。
ここに、「心」 にしか焦点を当て
て来なかった経 済 学、心 理 学、教 育 経 済 学の限 界が見えるのだ。
批判しているのではない。発展する可 能 性がこの先無限にある分 野・・・と私は捉えた。
実 際 『心 身 相 関』 という観 点でこの2冊の本を読み直してみると、
「身」 に繋がりそうな話があちこちに隠れている。
その一つだけ挙げるとすると、余力・余剰が必 要・・・と主 張されていた部分。
これは、 「心」 と 「身」 を同 時に柔らかくするためのコツであり、
『心 身 相 関』 という話にダイレクトに繋がってくる。
この本では、せっかくスポーツ経験の重要性について触れたのであるから、
スポーツがなぜ非 認 知 能 力を高めるのか、「心」 と 「身」 の両面からデータを収集したら、
迫力のある話が行えると思う。
そして、教育の現場において 「あるときは経験を、あるときは科学を」 というように、
広い視野の元にその使い分けができるようになるだけでなく、
不 登 校・ひきこもり支援にも役 立つ凄い本が出来上がりそうな気がする。 楽しみ・・・
と、ここまで書いたところで、今回の講演、「質疑応答がない」 ということが判 明した。
日ごろから、演者とのやり取りのない講 演 会など意味ない! と思っている私は、
たいへん拍子抜けしてしまったのだが、これは正解かも知れない、と思い直した。
実を言うとこの2冊の本、追及されたら困るような記述が、至る所に見られるのだ。
そのいくつかを、ここで紹介することはできるが、
欠点を指摘し、攻撃するというのは、私の趣味じゃない。
( ジュニアのスポーツ指導で絶対にやってはいけないことである。)
問題はあってもいい。長 所に目を向けよう。中室シリーズ第3弾は期待できる・・・と私は考えたので、このコラムの文章はこのままにしておく。